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『麻疹戯言』 校正3回目 

「9ページ  13行目」から「10ページ 14行目まで」

*ホームページでは、縦書き文章は作成できません。横書きで表現できない記号があります。くりかえし記号の一つは、「〳〵」のようになります。
 また、漢字は原文書に近い形で翻刻しました。読みやすいように、「片仮名は平仮名に変換する」「句読点を明確にする」「歌の部分は「」で囲む」ことにしました。皆さんなりの基準で翻刻してください。

<解読文 修正箇所>

(1)10ページ、1行目…「鼻血」の「血」を「衂」に修正。
(2)10ページ、2行目…「蔵」を「臧」に修正。
(3)10ページ、3行目…「墳」を「噴」に修正。
(4)10ページ、4行目…「少し、」の読点を句点「。」に修正。
(5)10ページ、5行目…ふりがな「ただはしか」を「たゞはしか」に修正。
(6)10ページ、5行目…「駅使」の「駅」を「驛」に修正。
(7)10ページ、5行目…ふりがな「ちう」を「ちうや」に修正。
(8)10ページ、7行目…「楊橋」の「橋」を「𣘺」に修正。
(9)10ページ、後ろから6行目…「びすし、」の読点を句点「。」に修正。
(10)10ページ、後ろから6行目…「草沢」の「沢」を「澤」に修正。
(11)10ページ、後ろから5行目…ふりがな「はしか」を「ましん」に修正。
(12)10ページ、後ろから5行目…「医」を「醫」に修正。
(13)10ページ、後ろから5行目…「卒然に」の「に」を削除。
(14)10ページ、後ろから3行目…ふりがな「えがお」を「えがほ」に修正。

<ご指摘がありましたが修正しない事項>
(1)10ページ、後ろから1行目…「あそびつ、」の内「、」を「。」にする。
*まだ文の途中です。次ページ2行目の「いふなるべし、」の部分で「。」になります。

 

*修正箇所を画像にしました。小さい文字は読みにくいかも知れませんが、お許しください。

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<前回の文意についての Aさんの考え>

*Aさんが、前回の文意についての考察を送ってくれました。ご本人のご了解を得て、原文のまま掲載します。参考になれば幸いです。

私が感じたことを書いてみます。
① 髪結いの件ですが、湯屋のお客が少なくなっているのに伴って、髪結いのお客も少なくなっているものと私は思いました。「思いの外」というのは「少ないだろうと予想はしていたけれど、現実はそれ以上に」という意味かと思いました。髪結いには「廻り髪結い」という営業があったそうです。湯屋に出入りする髪結いさんがいて、そこが終わると次の営業先へ巡回していたのではないかと思います。巡回先は「湯屋」かもしれませんし、「ほかの得意先」かもしれませんが・・・・。「頓」は「とみに」「ととのえる」本文では「すみやかに」ですので、意味合いは「思っていた以上にお客が少なく、速やかに仕事を終えさっと次の仕事先へ廻って行った」、という風に私は読みました。

② 「うなぎの段」について
 おっしゃるように、売り上げも減っていたことと思いますが、もしかしたら「うなぎ屋」は「大鉢巻」を呼び出す枕詞的用法かなと思いました。次の「小間物店の段」の「小戸上戸」にも同様の仕掛けがあるように感じました。「ウナギの焼き手」の様は闘病者の様子も思い起させ、幾重にも読ませる効果がうかがえます。
「火の元で働く鰻の焼き手は暑くて暑くて堪らない、したたる大汗を落とさぬように大鉢巻で臨んでいる、その大鉢巻きを興行主が締めてあれこれ算段している様は、哀れな様子とさえ見えます。」
 前段は
〇「いたずらに」 存在・動作などが無益であるさま。役に立たないさま。むだ。
用例:「徒に時を過ごす」
〇「絞る」広がった状態のものを小さくする。
すぼめたりくくって縮めたり、押し縮めて片寄せたりして、まとめる。
用例:「傘を絞る」「幕を絞る」
以上を併せ考えると
「発熱の汗と同様、深く考えもしないで、お客が来ないから興行(幕)を減らすという単純なやり方では、芝居小屋が立ち行かなくなり、興行主の頭痛は大変なもので」という感じかなと思いました。
 これって今の公演興行自粛で辛いことになっている芸能関係者をはじめとして、様々な経済活動に通じているように思いました。
③ 「小間物の段」
 本文では「貨郎店(こまもの)を出だす者」と書いているので、店を構えたと読みました。
大宝律令では青年男子が8人以上いる家を「大戸(たいこ)」6-7人の家を「上戸」4-5人なら「中戸」3人以下なら「下戸」と定められ、徴税の基本とされた。婚礼の祝いに割り当てられる酒の量もそれにより決まった。」現在酒飲みかどうかを表す「上戸」「下戸」という言葉はこの時代が基、「上戸」には「酒をたくさん飲む人」より大酒のみは「大戸」とも。
本文は微妙な漢字を使い下戸を「小戸」上戸を「大戸」と表現しているので、おそらく店の規模を表す(「小さい店構え、大きい店構え)言葉として書かれているのと、もう一つ「下戸上戸」の意味で使い酒に酔って吐く→掃くを呼び出すための言葉としての使われているのではないかと思いました。
〇「許多ぞや」の「や」に「*相手に対して問いかける意を表す」意味がありそうです。
以上を考え合わせて、
「又一方で不思議なことに小間物屋を開く人がとても多く、小さい店やら大きな店やらその数は酒を飲んで反吐をはくほど多く、まさに掃いて捨てるほどです。」
④ またインターネットの「小間物」の解説をみると
(こまごましたものを並べる意から)反吐を吐くこと。飲食したものをもどすこと。またその反吐。(こまもの)は高麗(こま)等舶来のものとする説、細物(こまもの)の義とする説がある、と紹介されていました。もしかしたら、麻疹の患者が闘病中、食事をしてももどしてしまうことを、「小間物屋」に準えたのかもしれないなとも思いました。発熱、大汗、吐くなどの症状を思い起させる文章になっていると思いました。10ページでは「御腹を下しに下す」とありますし。
⑤ 蛇足ですが、
故郷では「疱瘡」を「おほそ(御疱瘡)」と言っていました。恐れ奉っていたのだと思います。


<前回の文意の修正>

 「かみゆいどこ」の部分についての文意の捉え方に誤りがありましたので、修正します。前回次のように書きました。

…『麻疹戯言』では、「かみゆいどこ」については、「かみゆいは思いの外に廻る事頓(すみやか)なり」とあり、「髪結い屋は、意外にも仕事が増えて忙しい」と読み取りました。番付では、髪結床に行くことは、禁忌になっています。なぜ「忙しい」のか理解できません。「廻る」「頓」の意味を改めて調べ、文意を再検討しましたが、他の文意が考えつきません。どなたか適切な文意が考えつきましたら、ご教示ください。…

 麻疹は江戸時代を通じて、何回も流行しています。幕末の文久2(1862)年には大流行がありました。その時には、錦絵で様々な種類の「はしか絵」が印刷発行されました。それらの絵を見ると、麻疹にかかった場合の禁忌の一つとして、「月代をしない」ことが書かれています。従って、「かみゆいどこ」は麻疹流行時は、客が少なくなります。前回の「湯屋の管長は、常の居眠に増を加へ、出入の髪頭
家は、思ひの外に廻る事頓(すみやか)也」を「…風呂屋出入りの髪結い屋は、意外にも仕事が増えて忙しい」との文意にしました。「客が少ない」と「忙しい」とは矛盾します。結論から書きますと、私の捉え方が間違っていたのです。以下の説明をお読みください。

…床屋が常設店舗以外に、得意先を回って歩く「廻り髪結」という形態も広く行われた。(鈴木則子『江戸の流行り病』吉川弘文館、2012年 p117)…

 私が、「出入り」を「風呂屋出入り」と考えたことがまず誤りでした。得意先(町人)に出入りしているという意味です。得意先からみた「出入り」なのです。「風呂屋の番頭の居眠り」の話は、そこで終わりにします。「出入りの髪結」とは「廻り髪結」を指しているのだと思います。
 二つ目の誤りは、「廻る」の意味の捉え方です。前回は、「仕事が廻る=利益を得る。仕事がうまくいく。仕事が忙しい。」と捉えたのです。単純に「廻る=あちこちと歩く。次々とめぐって行く。」という意味なのです。
「廻り髪結は、(麻疹の病人が多く客が少なくなっているので、)意外にもお客さんを廻るのが、すぐできてしまう」という文意になるのではないかと考えました。
 そのように考えると、やはり「髪結い」も麻疹流行で困っているということと矛盾しないのではないかと考えます。「廻り髪結」という形態があったことを知らないと、正しく意味を理解できないことになりますね。調べ出すと、なかなか先に進めないで困っています。

 

<今回の文意を考えるにあたって>

 配付印刷物の脚注に記載のない次の言葉の意味を載せておきます。「たてくだす」の意味の捉え方を間違っていました。
【たて】(接頭語)動詞の上に付いてその意味を強める。
【下す・降す】(くだす)(「瀉す」とも書く)下痢を起こす。
 今回は、「葭街」「楊橋橘坊」は何を意味しているのか調べましたが分かりません。そのまま記載してあります。 
 「稚きものは鈴付たる猴に杵めきたるものをもてあそびつ」の部分については、具体的なイメージが湧きませんでした。前掲『江戸の流行り病』について、以下の記載がありました。
…小さい子供には、鈴を付けた括(くく)り猿や小さな杵といった、麻疹を軽くするまじないのおもちゃが売られた。括り猿とは、子育てのまじないに用いる猿のぬいぐるみで、神社などからもらってきて、端午の節句の旗の下部や、子供の着物の背中につけたという。…
 元は、富澤達三『錦絵のちから』(文生書院、2005年)に記載されていたらしいです。原典にあたれば、具体的な姿が分かることと思いますが、残念ながら近隣の図書館にはないようです。猿(さる)は「去る(さる)」という意味で、疫病除け等の動物として見なされていたということです。

 

<文意>

 そのような状況の中で、麻疹のいきおいは、ますますお盛んになっていらっしゃいますため、遊女の様子がたいへんかわいそうなこととなっている。麻疹にかかった遊女が合併症として、大量の鼻血が出たのを見て、契りを交わした相手に、気持ちを伝えようと手紙を書こうと思っている。化粧部屋で、遊女仲間と相手の男の噂をしているが、思っている相手の客は、くしゃみをするだけである。全体的に通って来る客は少ない。ただ麻疹の安否を尋ねる手紙を持った飛脚のみが来るだけである。麻疹にかかった遊女は、昼夜を問わず下痢に悩まされ続けている。
 葭町の裏門には「魚鳥類を食べることは禁止」との張り札があり、淋しく感じる。柳橋の橘坊では、三味線や音曲の音がすることもなく、薬研で薬を砕いている音だけがやかましく聞こえる。
 薬屋のみが賑わっているだけでなく、藪医者も、この機会を利用して、自分の力を示そうと、「麻疹精要」という本を突然に暗記して、葛根湯を休む間もなく処方し、得意顔になって誇っている。しかし、今年は大変病気の経過が良いので、幼い子供は、疫病除けのお守りやおまじないとして、鈴が付いた猿や杵のような形をした物を持って遊んでいる。